イザベラ・クレイグ・ノックス (Isabella Craig-Knox, 1831-1903)
スコットランド詩人でフェミニスト。1831年10月17日、メリヤス商人ジョン・クレイグの一人娘としてエディンバラに生まれる。子どもの頃に孤児とな り、祖母に育てられた。1840年までしか学校教育は受けておらず、文学はおおかた独学だったが、イザベラ(通称アイサ)は新聞『スコッツマン』(The Scotsman)に定期的に詩を投稿し、1853年にはその新聞の編集者となった。1856年には初の詩集『アイサの詩』(Poems by Isa)がエディンバラのブラックウッド社から刊行された。同年、アイサは女権活動家のエリザベス・レイナー・パークス(Elizabeth Rayner Parkes)と出会い、彼女が編集するグラスゴーの女性のための定期刊行誌『ウェイヴァリー・ジャーナル』 (Waverley Journal )を手伝った。1857年にはロンドンへ移って、国立社会科学振興協会の会長職に就き、66年5月に従兄弟で鉄商人のジョン・ノックスと結婚するまでこの 職に留まった。アイサは詩集、子ども向けの本、小説を刊行したが、彼女の最も有名な詩は「バーンズ生誕百周年記念のオード」(“Ode on the Centenary of Burns”)である。この作品は1858年にロンドンの水晶宮と呼ばれる万博建築物で開催された「ロバート・バーンズ生誕百周年記念詩コンテスト」で優勝を勝ち取ったものである。社会改革者として、彼女はヴィクトリア朝の労働者階級の過酷な生活に敏感だった。工場生活を描いた彼女の作品はスコットランド 詩人ジョン・デイヴィッドソン(John Davidson, 1857-1909)を想わせる。1903年12月23日、イングランド東部のサフォーク州ブロックリー(Brockley)で死去。 (H. N.)
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