ウィリアム・E・エイトン (William E. Aytoun, 1813-65)
詩人サー・ロバート・エイトン (Sir Robert Aytoun, 1570-1638)の子孫。文学と法学に通じたエイトンは、1845年にはエディンバラ大学の文学教授に、また52年にはオークニーの判事となる。自他共に認める愛国者であった彼は、詩集Lays of the Scottish Cavaliers (1849年)において、モントローズ伯(James Graham, 5th Earl and 1st Marquess of Montrose, 1612-50)やクレイヴァハウス(John Graham of Claverhouse, 1st Viscount, 1649?-89)といったスコットランドの英雄たちの功績やその死に様を極めて感傷的にうたい、自国の歴史の継承に貢献している。一方で、セオドア・マーティン(Theodore Martin, 1816-1909)と共にBon Gaultierのペンネームで出版した詩集A Book of Ballads (1845)においては、伝承バラッドや、テニスン(Alfred Tennyson)やE. B. ブラウニング(E. B. Browning)の作品を模したパロディ詩を多数書いて、卓越したユーモアのセンスを披露し、さらに、Firmilian, a Spasmodic Tragedy (1854)においては、痙攣派の詩人たちの詩作をパロディという形式の中で批判し、パロディを批評のレベルに高めている。 (M. M.)
|